前回の記事の最後で、こんなことを書きました。
カウンセラーから次回までに「過去の出来事を冷静に振り返ってみてください。そして他に何かできることはなかったか考えてみてください」と言われました。
僕がなにか子供の頃に対応を変えていれば、エホバの証人の教えから逃れることができたのではないのか、という事をこのカウンセラーは質問したいのか?と疑問が生まれました。
と疑問は感じたものの、カウンセラーのアドバイス通りに過去の出来事を事前に整理してまとめておきました。
そして迎えたカウンセリング当日、カウンセラーに自分の体験を話したところ、確かに小さな頃の僕には、親から受けた虐待に対して、何もできる術はもっていなかったことは伝わりました。
(伝えた僕の体験は、この記事の後ろの方に貼ってます。)
今の悩みについても相談してみました、いくら虐待したとはいえ、僕にとっては親。その親もだんだんと歳をとってきており、介護の問題もあるので、今後の関係について悩んでいることを相談したところ。
・親との情緒的な関わりはしなくてもいいかもしれない
・自分が傷つかないラインで援助をする
・そもそも親から虐待をされて育ったわけではない人でも親の面倒を見ない人はいる
といったアドバイスをもらいました。この言葉にすこし僕は気が楽になりました。
今でも親や兄弟に会うと過去の体験がフラッシュバックとなり、数日の間、さまざまなネガティブな感情の渦に巻き込まれた状態になり、仕事でも家庭でもイライラしてしまい、普段の自分なら言わないようなことまで言ってしまいます。
なので、自分の心を守るためにもしばらくの間、親との連絡を一切取らないことに決めました。
一生絶縁状態になるかどうかはわかりません。少なくとも今の僕には親と距離を取ることが必要だと結論づけることができました。
20年近く続いた虐待。そんな簡単には心の傷は治りません、、、。
まだまだカウンセリングは続きます。
付録
実際にカウンターの方にはなした自分の体験はこちら
映画。アニメ。漫画について
小学生の頃は東京に住んでいたが、夏休みに1週間から2週間、XXX県の母親の実家に帰省していた。母、兄、自分の3人で父親はずっと一緒にはこなかった。あとから合流して数日くらいだったと思う。
小学生3年生くらいの時に、その帰省中、叔父といとこ二人と自分と兄の5人で映画館に連れて行ってくれた。
その時の映画がジャッキーチェン主演のポリスストーリーだったと思う。(40年くらい前の映画)。この映画はアクション映画で、いわゆるカンフー映画だった。
映画をみ終えて家に帰ってきて、みんなで夕飯を食べ終わった後、いとこ二人はカンフーごっこを始めた。
その様子をみた母親は、しばらくしてから鬼の形相で
「あんたなんの映画を観に行ったの?」とものすごい剣幕で怒られた。エホバの証人は当然「戦いを学ばない」のでこういうアクション映画は基本的には禁止だ。
そのとき自分は
「連れて行ってもらっただけ」「なんの映画をみるか知らなかった」
と言い訳したと思うが、母親は
「自分一人で映画館からでていけばいいじゃない!」ととりつく島もない。
小学三年生が一人で映画館を出て行ってどこにいけばいけばいいというのだ。カウンセラーからアドバイスのあった、他になにかできることはあったと思うか考えてみるが、何もできなかったと思う。
自分から映画にいきたいと言ったわけではない。いとこたちが観たい映画に一緒に連れて行かれたというだけだったと思うし。そもそもなんの映画を見せるのかを事前に叔父に確認しない、母親のほうが責められるべきだ。
そしてなぜか母親は一緒にその映画を観た兄のことは全く怒らなかった。これも理由は不明だが、理不尽にもほどがあるだろう。
こうした夏休みの映画だけでなく色々な規制があった。キン肉マン、ドラゴンボール、ガンダム、聖闘士星矢など戦いの要素を含む映画、アニメ、漫画はことごとく規制された。
しかしなぜか兄はドラゴンボールの漫画などを友人から借りて読んでいても母親は咎めなかった。
XXXへの帰省はこうした嫌な思い出の方が多い。
また兄はよくいとこ二人を連れて遊びにいき、僕は仲間はずれにするということが多かった。東京の家では兄と二人なので仲間はずれにということがそもそもできないが、XXXでは子供4人なので、仲間はずれにする良いチャンスだったのではないだろうか。
こうして文字にしてしまうと大したことがないように思えるが、子供時代にとっては大きな問題だった。子供達同士の会話に入れないからだ。最新のアニメの話題、好きなキン肉マンのプロレス技、好きなガンダムのキャラクターなど、ことごとく会話に入っていけない。
必死で断片的に情報を仕入れたことを覚えている、病院の待ち時間に待合室においてあるキン肉マンの漫画を親の目を盗んで読んだり、たまたま家に置いてあったガンダムのアニメを漫画化した本が一話分だけあり(父親が会社からもらってきたものだ)、それを擦り切れるまで読んだり。
それでも自分が知ってる情報は全体のごくわずかな部分なので、知ったかぶりでなんとか話について行った。この仲間に入れなかったという疎外感、孤独感は今でも続いている。
こうしたことを改善するために、もっと母親に訴えることもできたが、親のいうことに従わないと「エホバに滅ぼされる」と洗脳されていたので、反抗することもできなかった。また母親も少しでもいうことを聞かないと容赦無く体罰を与えてきた。
当時の自分にできることは少なかったと思う。
いま息子が自由に好きなアニメ「鬼滅の刃」等を楽しそうに観て、自由に友達と会話している様子をみると、「ああいいう子供自体を過ごしたかった」という思いが募り、自分が失ったものの大きさを実感させられる。
ちなみにだが、ガンダムはエホバの証人にとって禁止対象なので、ガンプラも当然NGだ。まわりの友人がガンダムのプラモデルを作る中、僕が作ることができたのは、姫路城とかの日本のお城のプラモデルだ。そんなものを作っている小学生は自分の周りでは一人もいなかった。
しかも、じぶんが好きでそれを作っていると演技していたと思う。親にも友人にも。親にはそれが好きだと演じることでエホバの証人の教えにも反しないし、なんとかプラモデルというものを買ってもらうために。友人にはガンプラを買ってもらえないと素直にいうのが恥ずかしくて。
大人になってから好きなだけガンプラを買えるようになって、実際そうしてみたが、なにか虚しい気持ちは残る。無理をして子供自体に報われなかった僕を救おうとしている気がする。しかし実際のところ子供時代の僕も、もうこの世にはいないし、いくらガンプラを大人になってから買っても、もう子供自体をやり直すことは絶対にできない。
こうした過去の嫌な体験とどう折り合いをつけていけばいいのか、忘れるべきか、なぜあんなに虐待めいたことを僕にしたのか、母親に問い質してみるほうがいいのかわからない。
そして大人になって規制されたことが自由にできるようになった今、子供時代の自分がやりたかったことに手を出すことに意味があるのかどうかもわからない。